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第59話 君に嫌われるのは、困る

last update 게시일: 2026-10-29 20:57:23

「会いたいわ。どうして来なかったのか、聞きたいもの」

 夜のSENOVAの休養室で、私は燎の顔を見て答えた。

 私の手を包んでいた彼の指が、少し強くなった。燎は笑わず、私から目を離さない。昔の話だと聞き流すつもりは、ないらしかった。

「戻ってきてほしいのか」

 私はすぐには答えられなかった。

 あの頃は、毎晩、返事を待っていた。何かあったのなら一言でも知らせてほしかったし、もう話したくないのなら、そう言ってほしかった。

 九年も経ったのに、来なかった理由をまだ気にしている。待っていた私だけが、あの時間を大切に思っていたのだと決めたくなかった。

「戻ってきてほしかったのは、あの頃よ」

 レイとの時間は、今も大切だった。だからといって、あの頃に戻れるわけではない。

 今、そばにいてほしいのは、私の手を握っている男だ。燎が帰ってしまったら、レイの返事を待つより先に、彼の足音を気にしてしまう。

「今は、あなたと話してるでしょう」

 燎が私を見つめた。ようやく口元が緩み、握った手を自分の膝へ引き寄せる。

「なら、今夜は俺のことを考えろ」

 そんな言い方をされると、また
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    「会いたいわ。どうして来なかったのか、聞きたいもの」  夜のSENOVAの休養室で、私は燎の顔を見て答えた。  私の手を包んでいた彼の指が、少し強くなった。燎は笑わず、私から目を離さない。昔の話だと聞き流すつもりは、ないらしかった。 「戻ってきてほしいのか」  私はすぐには答えられなかった。  あの頃は、毎晩、返事を待っていた。何かあったのなら一言でも知らせてほしかったし、もう話したくないのなら、そう言ってほしかった。  九年も経ったのに、来なかった理由をまだ気にしている。待っていた私だけが、あの時間を大切に思っていたのだと決めたくなかった。 「戻ってきてほしかったのは、あの頃よ」  レイとの時間は、今も大切だった。だからといって、あの頃に戻れるわけではない。  今、そばにいてほしいのは、私の手を握っている男だ。燎が帰ってしまったら、レイの返事を待つより先に、彼の足音を気にしてしまう。 「今は、あなたと話してるでしょう」  燎が私を見つめた。ようやく口元が緩み、握った手を自分の膝へ引き寄せる。 「なら、今夜は俺のことを考えろ」  そんな言い方をされると、また顔が熱くなる。  今までだって、十分考えていた。いつから私を気にしていたのか。倒れた私を見て、なぜあんなに焦ったのか。知りたいことは増えるばかりだった。 「考えてるわ。あなたが話してくれないから、分からないことばかりだけど」  燎の笑みが消えた。何か言いかけた唇を閉じ、私の指へ目を落とす。  いつもなら、私が困るような言葉をすぐに返してくるのに。今は、その返事を待つのが怖かった。 「私のことは、昔好きだった相手まで聞くのに。あなたのことになると、答えてくれないのね」  九年前、燎が失ったのは、どんな人だったのだろう。女の人だったのだろうか。その人にも、こんなふうに手を握って、帰ってほしくないと言ったことがあるの?  聞きたい。でも、今も忘れられないのだと言われたら、どんな顔をすればいいのか分からなかった。  知りたいのは、私の知らない話だからだけではない。この人が誰を大切にしていたのかが、気になってしまう。  奏汰のことも、正臣にされたことも話した。今夜は、昔の相手をどれほど待っていたかまで知られてしまった。  恥ずかしくても話せたのは、燎に分かってほしかったからだ

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    「言わない。もう少し、いて」  夜のSENOVAの休養室で、私は燎の手を握ったまま答えた。  いつもなら、助けてもらったお礼を言って、もう私にかまわなくていいと伝えていた。それ以上迷惑をかけたくなかったし、借りが増えるのも嫌だった。  でも、今夜は帰ってほしくなかった。目を覚ますまでそばにいてくれた男を、仕事が終わったからと帰したくない。  燎が私を見て、椅子をベッドへ寄せた。 「いる」  返事を聞いて、嬉しくなった。助けてもらったことに、まだ何も返せていない。それでも、もう少しそばにいてほしいという私の言葉で、この人は残ってくれるのだ。  私は枕へ頭を戻した。握っている手が引かれないように、燎も肘をベッドの端へ移した。  大きくて、温かい手だった。親指が私の手の甲をすり、と撫でる。その感触が心地よくて、私は握った指を少しだけ深く絡めた。  さっきは震えていた指が、今はゆっくり私に触れている。私が起きて話していることを、燎にも喜んでいてほしかった。 「ずいぶん、心配してくれたのね」 「まだしている」  顔を上げると、燎は笑っていなかった。 「起きて話せたから、もう平気だと思うな」 「……分かってるわ」  医師に休むよう言われたことも、まだ身体に力が入らないことも分かっていた。ただ、この人が心配したと認めてくれたのが嬉しくて、もう少し話したかった。  また私を見て笑う顔を、眠る前に見たかったのだ。  燎は空いている手で、私の髪を耳の後ろへ戻した。指が頬へ触れると、説明会のあと、控室でキスをしたことを思い出した。  元気な時なら、もう少し近づいてほしいと思ったかもしれない。今は、ベッドの横にいて、私の顔を見てくれるだけで嬉しかった。 「寝ろ」 「あと五分」 「灯里」 「ひとつだけ、仮説を聞いて」  燎が少し呆れたように微笑んだ。  いつもの不遜な顔より、今の顔の方がずっと好きだった。 「何の」 「あなた、私が勝つところを見たいだけじゃないわよね」  燎が片方の眉を上げた。  会議まで人に任せて、目を覚ますのを待っていてくれた。仕事で役に立つから、だけではないと思いたかった。 「こんなに忙しいのに、ずっと看病してくれて……私のそばにいたいんじゃない?」  口にすると、恥ずかしくなった。でも、燎から目をそらさずに

  • 夫がメイドを私の名前で抱いた――すべてを奪われた元・天才医療研究者は、冷徹社長に溺愛される   第56話 今日は、ここを離れたくなかった

    「先ほど終わりました。先方も、当初の条件で進めるそうです」  夜のSENOVAの休養室で、真鍋がベッドの横にいる燎へ、海外会議の報告を続けた。  燎が短く礼を言うと、真鍋は私に頭を下げてから、もう一度彼へ向き直った。 「次からは、最初から私へお任せください。社長が話すはずだったところを、急に代わるのは緊張します」 「できただろう」 「はい。ですが、いつもなら、そこはお任せになりません」  燎は私の手を取り、指先まで包んで答えた。 「今日は、ここを離れたくなかった」  そんなことを言ったら私がどう反応するか、いつもの燎なら楽しそうに見ている。それなのに、今は握った手へ目を落としていた。少し寂しそうで、何か言い足そうとしても、言葉にできないように見えた。  真鍋はそれ以上聞かず、部屋を出ていった。  私が眠っている間に、燎は自分が出るはずの会議を真鍋に任せていたのだ。目を覚ましたあとも仕事へ戻らず、ベッドの横に座っていてくれた。その理由を本人の口から聞くと、嬉しくて、握られた手を離したくなくなった。  けれど、寂しそうな顔が気になった。  発表会場で、柊吾は燎が九年前に誰かを失ったことを口にした。あの時も、燎はこんなふうに目を伏せていた。私が倒れたことで、その人を思い出しているのだろうか。  どんな人だったのか知りたい。でも、燎が今もその人を想っているのだと聞いたら、きっと気になってしまう。  燎が顔を上げた。私を見つめる目は強く、口元にも笑みはなかった。  無理をして倒れた私に、腹を立てているのかもしれない。 「……怒ってる?」 「怒っている」 「明日は、ちゃんと食べる」 「そんな話をしたいんじゃない」  言いかけた言い訳が止まった。食事も睡眠も取らなかったことを叱られると思っていたのに、燎は私の手を握ったまま、すぐには続きを言わなかった。 「君が俺の前で倒れて、呼んでも答えなかった。俺は……」  唇を動かしてから、燎が私の顔をのぞき込んだ。 「また、間に合わないのかと思った」  握られた手に、彼の指の震えが伝わった。  また、と言った。  私が倒れた時、この人は何を思い出したのだろう。さっきから気になっていた相手を、もう、知らないふりでは済ませられなかった。 「……誰のことなの」  燎が私を見た。 「九年前

  • 夫がメイドを私の名前で抱いた――すべてを奪われた元・天才医療研究者は、冷徹社長に溺愛される   第55話 倒れた夜

     夜のSENOVA実証フロアで、燎が倒れかけた私を支えた。 「灯里。目を開けろ」  答えようとしたのに、声が出なかった。 「成瀬を呼べ。すぐに」  燎がスマホを下ろし、私の頬を支えた。 「灯里」  聞こえている。返事をしようとしたのに、声が出なかった。  燎の目が大きく見開かれた。 「灯里! おい、灯里!」  頬に添えた手で、私の顔を自分へ向ける。  この人が、こんな焦った顔をするんだ。  いつもの余裕なんて、少しもなかった。  そんなに呼ばなくても、聞こえているのに。  伝えたくても、もう唇が動かなかった。 「灯里!」  その声も遠くなっていった。 * * *  次に目を開けた時、私はSENOVAの休養室のベッドにいた。窓の外は暗いままで、枕元の時計が目に入った。  八時二十分。  奏汰へ電話する時間を、過ぎている。 「起きなくていいです」  燎が呼んだ成瀬医師が、ベッドの脇にいた。SENOVAの医療検証を担当し、あの会議で私の判断力を否定しなかった女性だ。  意識はすぐに戻ったが、そのあと眠っていたという。診察は済み、今は休む必要があると聞かされた。腕に力を入れると、まだ少し震えた。 「この数日、眠れていましたか。食事は取っていました?」 「この三晩は、二時過ぎまで仕事をしていました。昼食も、残してしまって」  答えてから、成瀬の目を見た。 「寝不足だけだと、思っていました」 「それだけとは、まだ言えません。今夜は、仕事を再開しないでください」  臨床ではなく研究に進んだけれど、私も医師免許は持っている。  休む必要は分かっていた。奏汰には食事も睡眠も守らせていた。その私が、自分だけはもう少し平気だと思っていたのだ。  端末へ戻るつもりは、もうなかった。  それより、奏汰との約束が気になった。  こんな身体で、どうやって帰るの?  朝、約束したばかりだったのに。 「奏汰に、電話を」  燎が椅子から立ち、私のスマホを手渡した。  成瀬が背を起こすのを手伝い、短く話したら横になるようにと言って、隣の部屋へ移った。  電話は、三枝が出た。 「奏汰は、まだ起きていますか」 「いらっしゃいますよ。先ほど鷺宮さまから、少し遅くなると伺いました」  燎を見る。  彼は私の背へ、枕をもう一つ入

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